とろとろと書いてみる

金曜日から今日までの整理整頓。

14:45
これまでに感じたことがない揺れ@バーミヤン白金台店

揺れの時間が長く、机の下に隠れる。国民は地震に慣れすぎたのか、ほとんどは何も変わらず話している。不思議。すぐにレジで精算、店を出る。

14:50
外を自転車で周回、みんな不安そうな顔、状況理解のため、帰宅、TVを付ける。

15:00
TV横のスピーカーが倒れている、この家はあんまり安全じゃない。震源地が東北ということで一安心から、一気に不安。東京でこれだけ揺れたら…と考える。

15:30
余震が危ないから、家を出て、目黒駅へ。途中のどんぐり公園が人だかり、みんな避難しいてる。庭園美術館も人だかり。平日昼間にしちゃ人通りが多い。強い余震が起こるたびに、みんな中央分離帯へ。

16:00
ドトールでコーヒーしながら、twitterで情報収集、適切な情報を拾い(拾いきれたか不明)発信。何かやっていないと落ち着かないという症状。

となりの奥様方は子供の心配、公衆電話にかわるがわる足を運ぶ。
トナリのサラリーマンはマーケティングの本を読む、冷静さ、称賛。
みんな明るくふるまってても、心持ち不安。東北の関係者の話がこぼれてくる。

18:30
どうやら電車が止まっていると聞き、家の近い僕はここにいても場所をとるだけだから、おとなしく帰宅。会社のみんなからも無事の連絡。

19:00
スーパーに買い物へ行く。いつもならたくさんあまっているお総菜が、「モツ煮込み」だけ。
ポテトチップスを2つ買う。

19:30
メールでガスが止まっていることに帰宅して気がつく。

21:00
もう一度、スーパーへ。レンジで調理できるものを買う。今夜の晩御飯は鍋から冷凍食品へ。2時間前より、食糧が圧倒的に減っている。

21:30
相方、赤坂より歩いて帰宅。手が冷たい。ご飯を食べながら、久しぶりにTVがついている自宅。たまに揺れる。インターネットで情報収集。思ったより、被害が少ないようだが、映像ではそんなことなさそうだと直感でわかり、一気に不安になる。どんどん来る新しい情報、余震、原子力、帰宅できない…

23:00
とりあえず、細かいことやるだけやって寝る。

2日目、3日目
情報を見るたびに居た堪れない気持ちになっていた。家を離れるわけにもいかず、家でおとなしくしている。

まとめ、以上。

これまで何をやったかも大切だが、これから何をやるかも大切。
世界の目は一気に日本・東北に集まったけれども、災害が日常的に起こる地球では珍しいことではない。これから、長期的な復興に向けて何がコミットメントできるのかをゆるりと考えた月曜日。そして、神戸の震災で中心的に立ち回ったプロフェッショナルの会議に運よく出席させていただき、この国は震災に備えてきたんだということを知った。

そして、その後、論文を読んだり、内閣府の防災白書を読んで勉強している。今更感はあるが、何も知らないでコトに臨むよりはよい。

内閣府『防災白書』
広報ぼうさい No.28「過去の災害に学ぶ(第4回)1896年明治三陸地震津波」
津波経験地域における中高生および大人の災害意識の違いについて

こちらを読んだ。そして、とりあえずデータを抜粋してまとめてみた。
※データの抜粋に際して、状況対応中です。

極めて、自分ゴトである今回のコト。
揺れと停電がもたらした日本は一つの船に乗っているという意識。
日本は世界にネットワークされている一つの国で、宇宙船地球号の乗船員という認識。

自分単位、国としての単位、地球としての単位。

それぞれの目線で、考える。行動する。