考えることを失った日本人


文明が進歩するということは、

考えなくても出来ることが増えていくことを意味する

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(数学者,哲学者)



DFF #001 “Low-cost Sanitary Napkin Machine” by Arunachalam Muruganantham from Design For Freedom on Vimeo.



僕がこの映像に縁遠い理由は明確だ。それは同世代、いやあらゆる世代の大多数の男性にも共通するだろう。

まず、そもそも女性ではない。(男暦28年だ)
生理用ナプキンを使ったことはおろか、パッケージの中身を見たことすらない。
類似した体験といっていいのかも憚られるが、子どもの頃のおむつの記憶も残っていない。
新婚の嫁が、家で汚れたぼろ雑巾を持って、月に数回、トイレに駆け込むこともない。
家族がナプキンを購入するお金には困っていない。

インドには6年前に2ヶ月滞在し、つい先日も10日弱ほど出張があった。他の多くの日本人よりも、インドは身近な存在だ。しかし、生理用ナプキンにはどうしても興味を持つことができない。それは「男性だから」というのは十分すぎる理由であり、軽やかに逃れる言い訳だ。

しかし、一方で、それは想像力を失った自分自身を感じる。
この動画に登場する低コスト・生理用ナプキン製造機を発明した男に、その感覚を気づかされた。正直、嫉妬した。

「なんで?」「これなに?」という好奇心を失ったのはいつだろうか、大人になったことは言い訳に過ぎない。ゆっくりと観察する時間がないのも同じ。むしろ、大人げない大人たちに囲まれ、恵まれた環境にいる。

嫉妬したと同時に反省した。僕は映像の主人公ムルガナンサムのように、身近に起こっている問題に気づくことはできているだろうか、できるだろうか?常識に飼いならされることなく、自分の頭で考えているだろうか?目の前で起こっている事象を偏見を持たず見ることが出来ているだろうか?

ありきたりだが、僕たちは生まれたときから、便利さは一通り準備されており、深く考えることなしに製品を通じて、便利さを手に入れることができた。その便利さを疑うこともなく、従順に購入し、消費し、廃棄してきた。それに乗じて、メディアや広告は最大限の消費活動を行うように情報を流す。そして、流される。男性にとっての生理用ナプキンも同様に考えられる。よくも悪くも、男性には興味を持つように情報が加工されていないため、子どものころに見たナプキンのCMを思い出すことすらできない。

しかし、動画の向こう側の世界は違う。動画の向こうといっても、飛行機で10時間程度で辿り着く「インド」という国、都市部から離れた農業を主体にしたエリアでは、日本の当たり前が、当たり前ではない世界である。

だからこそ、インドを含め発展途上国から学ぶことは多い、文明の進化のスピードの違いから学べること、気づけることが数えきれないほどある。発達した都市部では、日本と同様の社会課題(自殺の多さなど)も山積している。それと同時にスラム街や幹線道路から10分とたたない農村集落には文明化されていない世界がある。

実は農村部にも、生理用ナプキンは販売している、P&Gに代表される欧米企業のロジスティクスには恐ろしさを感じるほどだ。しかし、女性に購入され、利用されているかどうか?は別の話だ。それは、彼らの現金収入の不足が影響している。所謂、BoPビジネスも一日2〜10ドル以下で生活している人々を対象にし、商品を小分けにして、安価にするアプローチや、所得を増やすために仕事を生み出すアプローチなどが代表的だ。

ここで、僕たちを含め、途上国の人々の生活向上を願う人々はナプキンが買えない現状を目の当たりにすると、すぐにこう考えてしまうだろう。

「収入を増やせばいいじゃないか、そのための仕事を創ればいいじゃないか」

ここが、僕たちの想像力の働かない、思考停止するラインである。
そして、その思考停止ラインを軽々と飛び越えたインド人、それがムルガナンサム氏である。
僕はそこに小さすぎない夢を見てしまう。ボトムアップからはじまるMore Imaginative Lifeを。

言い過ぎかもしれないが、そこには、日本やアメリカが辿り着けない未来がある。

話を戻そう、ムルガナンサム氏は、「必要は発明の母である」の言葉を体現し、ナプキンの開発に成功した。低コストの材料で製作でき、そこそこの品質(ぼろ雑巾に比べれば、大きな進化)のナプキンである。そして、製造する機械も同時に開発した。これは文明が発達しすぎた日本では発明し得なかった機械だろう。もしかしたら、戦後には存在したのかもしれない。

販売はヒンダスタン・ユニリーバが実施するような女性自助団体(SHG)を活用し、ナプキンの使い方も知らない女性たちに啓蒙活動を行いながら、販売していった。もちろん、ここまででも価格として、市販品よりも安く購入できるメリットはあっただろう。

しかし、そこで留まりはしなかった。ムルガナンサム氏はナプキンを流通させることよりも、小型化された製造機を流通させることを選択する。それはそれぞれの地域の女性に雇用を創出すると同時に、国土が広大で、村が分散し、交通インフラの未整備に代表されるようにロジスティクスの課題が多いインドにおいては、競争力にもつながったはずだ(後者は想像)。

ロジスティクス上の課題解決は、販売方法にも存在する。街の小売店では、大概が男性が店番をしている。まだ、女性の地位が日本ほど確立していないインドでは、生理用ナプキンが欲しくても、買うことを躊躇していた女性が数多くいたのだ。その課題は販売方法を女性が直接、啓蒙をしながら売ることで解消された。

生理用ナプキンの厚さをオーダーメイドまでできるのは、大量生産ではなし得ないことだろう、しかし、それは男性の僕には、想像できないメリットだし、語る資格はない。

さて、冒頭で引用したアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの言葉にあるように、日本は「考えなくても、出来ること」が増えすぎた。そこに多くの社会問題の根源があると直感的に思っている。数多ある情報も、考えるために活用できているかは確かではない。

しかし、インドには、「考えなければ、出来ない状況」において、身の回りにあるものを可能な限り活用し、試行錯誤の上で、あらゆる発明を創り上げたグラスルーツ・イノベーターと呼ばれる発明家が各地にいる。その数16万人以上と言われている。彼らをネットワーク化する活動は国をあげて行われている。

その活動はマレーシア、中国、インドネシアとアジアに広がりを見せている。(先日グランマが主催したクアラルンプールでのWIFKL・サテライトイベントはその一環である。その様子はこちら

まとめよう。まとめすぎよう。(※続きは今度書く)

グランマは、僕はそこに大きな夢を見る。

つい3日前(11/12)に、夢を実現させる第一歩目がクラウドファンディング・サイトで公開された。場所はフィリピン、世界を変えるデザイン展の発想を得た思い入れのある土地。ナプキンはグランマがこれから歩む道なき道の確かな一歩目となる。応援何卒よろしくお願い致します。

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。

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