フィリピンで「目的」を考える旅

フィリピンに来ている。4年ぶりに。そして、4年前は勢いで来た。そして、今回は沈黙するために来た。

どっぷり沈んでいる。普段、沈まない自分の奥深くまで、沈んでいる。

先生は、クリステンセンとマルクス。マルクスはアウレーリウスのほう。教科書は『貞観政要』、解説は山本七平。

ホテルとカフェを行き来して、閉じこもって1人、ゆるやかに人生について考え、内省している。

自分が22歳のころに未来へ向けて、
なんとなく掛けた梯子を、
右に左にぐらぐらさせながら
素直ではなく、ひねくれた気持ちで
登ってきた。

クリステンセン先生に言わせれば、僕の20代は「創発的戦略」を用いていた。
今、30歳の半年前。
そろそろ「意図的戦略」に移り変わりたい衝動に溢れている。
そのために、新たな方向性を追求するという明示的な決定が必要である。

創発的戦略というとわかりにくいが、触れ幅できる限りマックスにして、選択するということだろうか。
ライフネット生命の出口会長に言わせれば、

つまり、人間は目の前に訪れた運命に身を委ねるしかない、と。

さらに言うと、

そもそも私は人間の熟慮というものに大した価値があると思っていないのです。世の中で起きているものごとは偶然の積み重ねです。人間はそれを後から振り返って、あたかも必然の物語と読み違えている。

という訳である、僕も抗う強い意志を持つわけではなく、選択を繰り返してきた。
だが、このタイミング、つまり30歳という手前にきて、必然の意図的な物語を紡いでみたい衝動が襲ってきているのだ。

それは、社会からのプレッシャーをかもしれない。

専門性を持て
教養をつけろ
英語を学べ
人間力をつけろ
リーダーになれ
お前のバリューはなんだ!

本当に、本当に、余計なお世話だと思うのだが、そういったものについつい流されてしまうのが、人間の性であり、僕もそれにも抗うことができていないようだ。

抗えない理由は
教養が足りないから、
専門性がないから、
人間力がないから、
リーダーシップがないから
バリューがないから
英語ができないから

と人だったり本だったりWebの煽り記事に言われる(気がする、自意識過剰の懸念あり)。
そして、鶏とタマゴ問題に入っていく。そこでしばらくグルグルしていて、そのグルグルからぬけ出せずにいた。(きっとここ2年くらい)

一層そのグルグルからはみ出してみたい、そう思って、無理言って、仕事が一段落ついたタイミングで休暇をもらい、フィリピンにやってきた。

休暇中に考えていることの途中経過として、今、考えていることは「目的」についてである。

「目的は明確な意図を持って構想、選択し、追求するもの」

とクリステンセン先生は教えてくれる。
その目的は3つにブレイクダウンできる。自画像、献身、尺度である。

マルクス先生は更に激烈に言う。

「つねに同一の人生目的を持たぬ者は一生を通じて1人の同じ人間でありえない」

ここまで言われるとうろたえるのですが…。
しかし、マルクス先生はローマの皇帝だったわけです。

出口会長助けてください…

全ての人が、やりたいことを成し遂げてから死んでいくのではない、ということが分かれば、少しは気が楽になります。人間は皆いい加減な動物だという事実を直視して、同時に好奇心を絶やさないこと。人生はそれに尽きると思います。

リーダーの条件とは、夢を持ち、旅の仲間を集め、そして、旅の目的地まで引率できることだと思います。『ロード・オブ・ザ・リング』と同じです。中でも大切なのは、夢を持つことで、それは、「何かしたい」という強い気持ちがなければ、動く方向すら定まらないからです。夢は、何も一人で持つ必要はない。人間は、そんなに万能ではないですし、仲間同士で分け合って持つことができれば、それはそれでいいのではないかと思います。

今僕たちが生きているこの世界をどう認識して、それをどう変えたいと思うのか、そして、その中で自分が何をやりたい(分担したい)と思うのか、これに尽きる。

今、ここら辺です。では!

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。

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