2013年の振り返り 11-12月(後半)

1〜10月の前半はかなり箇条書きで淡白に振り返りました。ダァーっと、走り抜けた疾走感が残っています。前半と後半のバランスが悪いのですが、2013年は9月中旬から、自分の心境に劇的な変化がありました。三十路を前にして、

「このままでいいんだろうか?」

と焦りの感情がむき出しになっていた時期でした。孔子の一部「三十にして立つ」を何度も頭で反芻していました。立つってどういうことやねん?と。

子の曰く、吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

立つこと、それを自ら立つ、自立と置き換えて考えるようになりました。そうすると、環境を変えたい、日常の生活習慣を正したい、新規事業を構築したい、頭の中にあるアイディアを吐き出したい、もっと楽しい生活を組み立てたい、社会実験がしたい、やっぱりスノーボードしたい…などと、20代前半に企んでいたことやりたいと夢見ていたこと、頭の奥にしまっていたことが溢れてきました。久しぶりに貪欲さが戻ってきました。

それは加速して、9月のフィリピン、インド、インドネシア、マレーシアの出張の前後から「もう1人の自分が自分自身を楽しませている状態」、「純粋に今ここで楽しいこと」、「自分自身が満たされること」を求めるようになり、実際にそれを求めて動くようになっていきました。そこから、自分の考え方に大きな変化(まだうまく言語化できない)があり、出会う人や関係性の質が変わりました。

考え方の変化の部分を掘り下げるために、過去に振り返ってみます。それは、2005年冬、頭をレンガで打たれたような衝撃を受けました、それは何か具体的な事件がことがあったのではなく、ネパールのポカラでのんびりと湖を眺めているときに頭をよぎったことでした。大学生活=遊ぶもの、という子どもの頃からのマインドセットされていたので、当時は雪山・放浪・読書の完全なる放蕩生活で満たされていました。しかし、湖を眺めていて、ふと心によぎったのが「何のために生きているんだろう?社会の何の役に立っているんだろう?」と突然思ってしまって、自分が空虚になりました、むなしくなりました。

で、「何かの役に立ちたい」と思いはじめました。我ながら、その思考の変化は単細胞で直線的だなと思います。それからと言うもの、何をするにつけ、「なぜやるのか、何の役に立っているのか」をこじつけでもいいから考えて、理由をつくって、自分を納得させて、行動するようになりました。

そして、ネパールから3ヶ月後、雪山での怪我をきっかけに就職活動に合流し、東京で社会に向き合い、真剣に議論する同世代に会いはじめました。大学受験以降、社会で自分のポジショニングを確認していなかったので、名前も聞いたことのない大学や三流私立の学生が、堂々と社会に対して意見を持ち、発言していることに驚愕しました。このルールの中では悲しいかな、相当スタートが遅れていると認識しました。そこから「できる人、イケテル人と出会いたい、一緒に仕事がしたい、もっと社会やビジネスのことを知るために本を読まねば」という感覚が芽生え、行動原理の一つとなりました。

その後、「優秀な人と会い、役立つ本を読む」x「何かの役に立つ」2つの行動原理を持ち、フットワーク軽く色んな人に会うようになりました。その過程でソーシャル・イノベーションを知り、その衝撃とひらめきをもとに卒論を書き上げ、勢いそのままに東京で私塾に入り、今の仲間と出会いました。紆余曲折はあれどトントン拍子で激動の社会系な起業生活を駆け抜けてきました。

ソーシャルな界隈にいると、重要視されているのが、強烈な原体験を持っている人やいわゆる現場で活動している人。どちらも、正直持っていない自分はみうらじゅんの漫画『アイデン&ティティ』の主人公が叫んだ「コンプレックスがないのがコンプレックス」、これに激しく共感しました。感傷やトラウマ語り系、具体的なことを迫真に迫って語る人たちに違和感を持っていて、抽象的な思考に居心地の良さを覚え、そちらに流れに流れていました。

しかし、自分不在とでも言うのでしょうか、自分のインスピレーションや欲求が心のずっと奥の方に隠れてしまい、わからなくなっていました。思考のクセトして、権威のある本を崇め、偉かったり優秀だったりする人の意見を素直に聞き、社会的な意味や大義があるものは素晴らしいと考えて、自分の判断基準、ものさし、意見がなくなっていました。それに気がついたのが、つい3ヶ月前です。

年末年始、過去の癖を引きづりながらも、変わっていく渦中にいるようで、何かに導かれているような不思議に旅路が切り開かれていく感覚です。しかし決してスピリチュアルなものとは違います。そういった意味で、20代最後に大きな山場が待っていたんだなと思っています。

僕は勝手にここ2ヶ月の大きな動きを「じぶんのための学校」と考えています。自分で学習したいことを能動的に選択肢、学びたい人のところに押し掛けて話を聞く。これまで出会ってきた人の中で、話を聞いてみたい人がたくさんいたけれども、仕事とかけ離れたものは自動的に排除していました。が、その制限を取っ払い、一個人として、会いにいって話を聞きまわっています。その人の仕事の現場に押し掛けて会議に参加したりもしています。

と重たく、自白みたいな語りをしてしまいましたが、2013年の11-12月の振り返り。

11月
[そのほか]自分のための学校 2013年秋期 開校
[そのほか]国際政治の本を読みふける
[そのほか]ジョセフ・キャンベルの動画を全て視聴

キーワード:言語ゲーム、So what、好奇心の消費、愛と力、宇宙、神話、未来、国際政治、貨幣、明治時代、家族、

12月
[グランマ]社会イノベーター公志園に参加
[グランマ]Infinity Venture Summitに参戦
[そのほか]奈良県吉野のネオ・ミュージアムへ、上田先生との出会い
[そのほか]福岡で「違いの違い」を探究
[スノー]北海道、そして久しぶりの手稲ハイランド
[谷中ロクサンマル]ロクサンマル劇場の話と大忘年会
[谷中ロクサンマル]20代10年の振り返り

キーワード:新自由主義、楽しませる、メタ、Play!Play!Play!、ノーマル、ステージ、志、スタートアップ、U理論、リーダーシップの旅、ジレンマ、小利口、県民愛、アイデンティティ、三十路、ファッション、雪山

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。

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