永遠の0

正義、真実、そして信念について考えさせられる映画。

永遠の0はその人の人生のどのフェーズを生きているによって、平和と戦争についての思想によって、家族や友人との距離感によって、捉え方が異なってくる映画だ。この映画の感想について語ることは、自身の信じる正義について語ることになる。

60年の歳月を超えた愛の物語。底辺に流れているのは、とある1人の臆病者と呼ばれた零戦乗りのリーダーシップだった。家族の愛という普遍的な価値ですら否定された戦時中に、自分の信念を曲げずに、そしてそれをどんな批判を受けようとも「命の大切さ」を行動に移した1人の男。その男の生き様と多くを語らないその背中は周囲の人生に、後世まで絶大な影響を与えてきた。

しかし、強き信念を持つ主人公ですら、自らの教え子である特攻隊の無駄死を上空から見送る日々に、耐えきれなくなっていた。自分が生き残っている、その足下で多くの生き残るべき若者の命が失われている。自分の妻子の命と数多くの教え子の命、その天秤のバランスが崩れてしまった。その先にある感動の物語はこれぞフィクションという感動を生むものである。

命がけで国の尊厳のために自分の信じる正義のために戦った間で生まれた深く太い関係性とその中にある強き覚悟は、今の時代の希薄な人間関係とその場しのぎやご都合主義で一貫性が欠けている為政者の行動を際立たせる。戦後の日本が力強く復興していった中に、永遠の0のようなストーリーがいくつも存在していたのだろう。生死を懸けた戦いを生き残ったものは大きな重荷を背負って、その重荷を力に変えて、日本を復活させていった。私にはそう感じた。

そして、主人公のリーダーシップは権威を振り回す男性的なものではなく、女神的リーダーシップを彷彿とさせる。このあたりはまた今度、深堀したいと思いながら、今日は筆を置く。

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。

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