Just Quitted   -ひまわりの約束-

Just Married -ひまわりの約束- からのつづき

どうして君は泣くの まだ僕は泣いていないのに

自分自身の身に降りかかってきた経験だった。記憶も新しい、どうしようもないくらい悲しい思い出しかない日に、ただ強がってしまった日に。

それは11月のなかばだった。僕は6年以上勤めた会社を辞める意志を伝えるべく、意志を固めて家を出た。勤めた、というよりも仲間と創りあげてきた会社だ。集合場所は赤坂見附のスターバックス、テラス席しか空いていなかった。もう肌寒さが隠せない季節だった。

このリリックは一緒に楽しいときも、悲しいときも、辛いときも、歓喜のときも、長い時間をずっと過ごした最愛の同志に、辞意を伝えたときの情景だった。

事前にお互いの感情が高まっているのは、それまでのメールのやり取りで知っていたし、この日がくることがすごく憂鬱だった。憂鬱という言葉はこういう日のために発明されたに違いないと確信した。僕は感情を素直に表現することが、ここ4,5年で苦手になってきて、勤めて冷静でいるようにし、感極まって感情を表出することは年に一度あれば、いいほうだった。会社を立ち上げてすぐやそれまでは、それまでは節目節目はいつも感情が吹き出して、その感情に寄り添って人生を決めてきた、そんな人間だったのに。

ここ最近は、心が永久冷凍されたかのように自分の感情を理解することができなかった。この日も、悲しかったのか、安心したのか、覚えていない。ただ、相方が先に泣いたのだ。僕は心を許すと、自分の決意が揺らぐような気がして、事前に心をガチガチに固めていた、10日以上も前から。相手が話す内容もシュミレートしながら。

喧々諤々の議論の口火を、相方が切った。それを話しているときの相手も非常に辛そうだった。なんだか、そんな話をさせて申し訳ないなと、思いつつも決意を揺らがせてはダメだと表情も気持ちもよりこわばらせた。そして、シュミレートに近い話があり、そして僕が話すターンになった。

話すのではなく、僕は直前に準備しておいた退職届を出した。そして、5分ほど話をした。
泣くのは想定外だった、目の前で涙を我慢していた、涙ぐんでいた、声が震えてながら質問をしていた、もう内容は覚えていないし、自分が発した回答も覚えていない。目の前でもう号泣することを抑えて泣いていた、その光景しか覚えていない。

自分より悲しむから 辛いのがどっちかわからなくなるよ

その日から1ヶ月、ほんとうに試練の月だった。同時に人生を左右する出来事がびっくりするくらい重なった。この先もうこんな濃密な10日はないと思うくらい。ゆっくりとこの先のことやこれまでのことを考えようと思ったいたら、想定外に多忙な時間になってしまった。考えることや心配すること、すぐに動く必要があることばかりが押し寄せて、悲しんだり、辛くなっている時間があまりなかった。だけど、他の試練(当初は生死も関わっていたこともあった)には本当に本当に非常に申し訳ないのだけれども、なんだかんだGranmaという会社を辞めたことが一番、辛かったんだと思った。だけれども、辛いという感情を慰めてあげることよりも、優先することがたくさんありすぎた。

そして、結婚式の映像のチェックを一通り終えた僕は、楽しみにとっておいた「ひまわりの約束」をiPhoneで聞いた。

ガラクタだったはずの今日が2人なら宝物になる

2014-12-22 17.01.35

僕は夕焼けが奇麗な二重橋前で1人で号泣してしまった。ぼくの人生を宝物にしてくれたのは、ぼくの人生が宝物になったのは間違いなく、本村拓人だった。感謝の気持ちが涙とともに溢れてきて、涙とともにネガティブな気持ちが流れていけば良いのにって、思った。

20代のちょうど半分の時間を捧げてきた会社から離れることに悲しめて良かった。長い期間、愛情を注ぎ込んだ組織を辞める理由なんて、よほどの事情だと思うかもしれない。だけれども、一つに絞れる理由なんてない。ただ苦しいだけだ。論理的に考えて、これでいいんだ、と自分を納得させるしかなかった。そんな論理なんて、実は存在しないのに。

だけど、僕はこの曲に救われた。ただ、苦しいだけで終わらなくてよかった。感情的になれてよかった。この日の風景、感情、メロディーは死ぬまで忘れないだろう。もちろん、グランマの6年半も。

そして、この日は19年に一度の朔旦冬至。

翌朝も奇麗な夜明けだった。
2014-12-23 06.15.57

19年前、何してたっけかな。そして38年後、何してるだろう。


ひまわりの約束」 歌詞:秦 基博

どうして君は泣くの まだ僕は泣いていないのに
自分より悲しむから 辛いのがどっちかわからなくなるよ
ガラクタだったはずの今日が2人なら宝物になる

側にいたいよ、君のためにできることが僕にあるかな
いつも君に、ずっと君に、笑っていてほしくて

ひまわりのようなまっすぐなその優しさも温もりを全部
これからは僕も届けていきたい
ここにある幸せに気づいたから

遠くでともる未来 もしも僕らが離れても
それぞれ歩いてゆく その先でまた出会えると信じて

ちぐはぐだったはずの歩幅 ひとつのように今重なる

そばにいること なにげないこの瞬間も 忘れはしないよ
旅立ちの日 手を振る時 笑顔でいられるように
ひまわりのような まっすぐなその優しさを 温もりを全部
返したいけど 君のことだから もう充分だよって きっと言うかな

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。