人間の尊厳と人工知能と仕事と

機械が人間の仕事を奪う、そうなるだろう。トロント大によって開発されたディープラーニングによる人工知能の進化。暇なはずなのに、ようやくチェックできた。最近、よく話題になっていたが、キャッチアップできずにいた。

まず、この大きなテーマを書き出すときの出口はなんだろうか、それを定めたいが、それだけで書き終わるぐらいの量になりそうだ。どのような未来になるのかを予測すること、人間の素晴らしさや尊厳を考えることか、自分がこの先の未来を生き残るための手法を探すこと、ビジネスのタネを見つけることか、それともこれはブームなのか不可逆な潮流なのかを判断すること、そしてどの程度のスピードかを知ること…。多数ある。

要するに、リアルであろうがヴァーチャルであろうが、すべては脳の電気信号にすぎないではないか、というわけです。科学者はそう見る。ところが多くの人、とくに文科系の人は、これをなかなか受け入れられませんね。彼らに取っては人間が一番偉い、人間だけは特別であってほしいのです。文科系の学問というのは、ようするに人間についての学問ですから。(http://wired.jp/special/transcendence/ より引用)

上記の文章を読んだ時の自分の反応により、私は文系よりの意見を持っていることが判明した。人間は兎角素晴らしいと思っているし、そうであって欲しいと思っている。が、ビジネスの局面において人間の価値が低下していることも肌で感じている。また、過去に2度の人工知能ブームがあり、3度目のブームらしい。そういった波は常にあるものだが、今回はfacebookやgoogleなど旬な企業が本気で手を上げて、本格的な投資している。そして、それが具体的なビジネスの利益につながる構造を持っている。資本と技術が絡まり合って、らせん状に進化していくはずだ。だからこそ、不可逆な変化として、人工知能の進化を考えるのがよいと私は判断した。

そして、仕事についてである、自分の生き残りと楽しさを求めるところを考えようと思っているし、生存本能がそう自分に言っている。正直、自分よりも先の世代のことは本当にどうなることかわからないし、以前よりも考える余裕がなくなっている。自分が100歳まで生き残るのかと思う時点で、最近はぞっとして、たまに早く死にたいと思うくらい、悲観的であり、自分のことばかり考えている。だからこそ、今こそ自分の心配をすべき時なのであろう。

つづく
http://wired.jp/2015/03/25/2030-works/

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。