二〇一五年 九大出来事を四文字で

住居交換

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思い出の一軒家と夫婦で。安田なつきさん撮影。

英語にすれば、House Swappingでしょうか。1月と2月にかけて、引っ越ました。2014年の自宅での忘年会で近所の石田・矢島家と家のトレードが決まったため。まず、我が家の荷物をリアカーで、近所のトランクルームへ預け、家を退去し、友人家族の引越を待つ。その間は妻は病院と群馬の実家、僕は近所の友人宅で2週間の仮暮らし。

現在はシェア生活に終止符をうち、結婚後初の二人暮らしへ。住所は谷中のまま、6丁目から2丁目への引越。直線距離にして300mほどの引越なので、谷根千にお立ち寄りの際は、またお声がけください。引越に協力いただいたご近所の皆様、本当にありがとうございました。

自己憐憫

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Finding Joe「英雄の法則」よりキャプチャー

年末年始からバタバタで、応接に暇あらず、日々を過ごすことに精一杯。グランマを辞めるまでは、常に緊張状態にいたせいか、張り詰めた糸が切れた瞬間になんだかやる気の出ない、気怠い日々が続きました。だから、今思えば、自己憐憫を患ったブログも書きました。長年の疲れがどっと出たのかもしれません、と言い訳しておきます。

そんな無為な日々は、ジョセフ・キャンベルが好きだったので、そんなときは『神話の力』読み、Finding Joeを見て、奮起を試みていました。が、まったく奮い立たちませんでした。そんなときもあるさと思いつつ、日々を過ごし、、、

安分守己

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マルティン・ルターの言葉と言われている。

気がつけば、ずっと走り続けてきた人生、アクセルを踏むのを辞めて、ブレーキを思いっきり踏み込んだ。立ち止まらなければ、見えなかった風景がありました。儚き夢を追いかけ浮き足立ち続けた数年を、冷静に思い返し、ときどきの判断を猛暑する。ありもしない未来を考えるのをストップし、思考を今ここに置く。

時間があるときは、ふと浮かんでくる事柄について、ただただ思考に耽る。あるときは滝に打たれに行き、気の向くままに出歩き、目的もなく思い立ったら勢いのまま遠出する。そんな自由気ままなニート生活と(嫁も病気で休職したので)二人の時間をたっぷり満喫しました。

人間万事塞翁が馬、ドラマチックでリスキーな人生を好むのではなく、無理に背伸びせずに身の丈で行こう、そう自然と思えるようになっていました。月日変われば気も変わる、とはよく言ったものだなぁと。

転職活動

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池袋駅周辺地図。地図右端の豊島区役所隣のビルへ。

身の程をわきまえつつも、まだ夢見心地で、なかなか次の一手を決めかねていました。しかし、あるときに冷水を浴びせかけられ、目が覚めました。腹を決めて、転職活動を晩春に開始。

犬も歩けば棒に当たるとばかりに、思い当たる企業を片っ端に書類を送り、決まってから後のことは考えようという適当な方針でスタート。思い当たる企業といっても、スキー場のお仕事、学びの領域、コンサル業界と、幅広く絞りました。まとまりのない職歴を無理やり職務経歴書にまとめるのは、本当に気分悪かったですが、その見返りとして転職市場のモノサシで、自分の価値を推し量ることができました。

2ヶ月ほどで無事希望した3つの業界から内定をいただき、さらにいくつかのベンチャーからもお声がけいただきました。

「学校法人河合塾」に、籍を置いております。「授業の研究から事業の開発」まで、と語呂のよい感じで働いています。大きな組織に身を置くのは不安でしたが、3ヶ月半経過して、案外やっていけてます。

 温和勤勉

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西田幾多郎哲学館。8月哲学講座に参加

ここ数年は、目の前の問題を解決してくれそうな本や、都合のよい解釈を与えてくれそうな本に手が伸びました。都度足りない知識を補うことで精一杯で。。。だから読む本は偏っていたと思うし、読み方は都合のいい情報を集めて興奮する、なんとも情けのない感じでした。それも立ち止まって、気がついたことの一つ。

なので、辞めてから一番最初に始めたのは勉強でした。まず、試してみたかったMOOCsを3種類やってみました。なかなかハード。春先からは、イシス編集学校にも参加、西田幾多郎哲学館の夏期講座(4日間)にも飛び入り参加、入社前の最後はKJ法の3日間トレーニングを受講。

入社後も、職務が研究開発であり、本を読み、基礎的な内容を扱うMOOCsを3種類受講。とても、勉強した一年でした。そして、自分が何が好きか、何が弱いか、よーくわかりました。

病気平癒

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北浦の穏やかな水面と夕焼け

妻の病気が、2014年度末に発覚して、5つ以上の病院を探しまわったのはすでに遠い昔のようで。信頼できるドクターのもとで、2と3月、そして10月と3度の手術を無事に終える。そわそわしていた気持ちも、嘘のように落ち着きました。

が、3度目の手術を終えた3日後の10月最後の日、

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祖母がこの世を去りました。苦しむことなく、安らかに。最後は誰にも心配をかけることなく。葬式の日は清々しい青空に大きな雲。

共働きだった我が家では、ばあちゃんが親代わりでした。幼い頃から小学校低学年までの記憶は、ばあちゃんのことばかりで、膝の上が特等席で、寒い冬はばあちゃんの温もりの残った布団の中で二度寝することが最高の贅沢でした。甘やかしてくれるだけでなく、戦時中の悲壮さや勉強の大事さなど、価値観を形成する上で、大切なことを教えてくれました。

葬式を済ませた後の11月から12月は、哀愁を帯び過ぎて、些細なことでばあちゃんとの思い出が湧き上がってきました。とくに通勤のバスの中は、窓を見ながら、浮かび上がってくる思い出に身も心もを委ねていました。記憶の儚さと脆さを恨みながら、少しでも思い出を残そうと筆が進み、ときにポエティックな文章もたくさん書きました。

党首交代

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Gunma Innovation Award 2015 ファイナリストに(妻)

そんなポエマーな日々と同時並行で、妻の新たな一歩を応援していました。病にふさぎ込むことなく、前向きに進んで行く姿は、眩しく逞しく、そして美しいものでした。夫婦の会話も、穏やかなものから、ビジネスの話ばかりに切り替わったのも、この頃です。今までは自分の仕事で余裕がなく、支えてもらってばかりでしたが、立場が逆転しそうな勢いです。持ちつ持たれつの精神で、夫婦仲良く行きたいものです。

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無為徒食から一変、粉骨砕身の覚悟でとは大げさですが、勤倹尚武をモットーに9-18時で働いています。決まった時間内で仕事の成果を出すのは、久しぶりで仕事に終わりがある快感を楽しめている勤労男子です。

ということで、2015年はどうもお騒がせしました、ご報告も遅れ、失礼いたしました。叱咤激励し、公私ともに支え関わってくださった皆様には、本当に感謝しております。

住居交換、自己憐憫、案分守己、転職活動、温和勤勉、病気平癒、祖母逝去、党首交代、勤労男子と振り返りました。やり残しもたくさんあった一年でしたが、新たな一歩を踏み出せたということで、終わり良ければすべて良しということで締めくくらせていただきます。

 

やまもとなおき