2016年の振り返り

2016年、年明けすぐは、未だに10月末日になくなった祖母のことが頭から離れなかった。だから、とにかく書くこと、創ることで喪失感を解消しようと試みた。

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そして、半年を経て完成したのがGrandmaZineである。中身は祖母の20年書き続けていた日記と70年以上前から現在に至る写真をつかった。著名な人たちの数文の引用したが、殆どは素材をそのままスキャンしただけの簡単なものだ。

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結果として自分がごちゃごちゃと書き残したものはメモとして放置してある。頭を悩ませ凝ったのは、写真と日記の組み合わせ。わかる人にしか、もしかしたら親戚一同の中で、自分にしかわからない組み合わせである。その作業を通じて、祖母の日記に目を通すと、祖母との一日一日の思い出が記憶の奥から溢れるように引き出されてきた。記憶のあることないこと、祖母の目から見えたあの日の自分、まったく喜怒哀楽を見せなかった祖母の静かな怒りや悲しみ、そして喜びや楽しみ。幼年期から家を離れた18歳まで、誰よりも長い時間を過ごした祖母との思い出にひたる日々が続いた。

そんな哀愁漂う日々の裏側では、結婚パーティの準備を進めていた。5年目の木婚式。5年の間に色んなことがあって、特にこの1年は波乱万丈だったので、この日を向かえられたことは心から幸せだった。創る気持ちはうろたえずに、木婚式用にサイトも特設した。当日流す映像も、楽しみながら製作した。

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しかし、パーティの前後は健康だけが自慢の身体が、ストレスとプレッシャーにより突如体調を崩した。当日までには回復したのが幸いである。パーティ当日は日本全国世界各地から仲間が集ってお祝いしてくださり、本当にありがたかった、どうもありがとうございます。しかし、非常に盛況しているパーティの最中に、長年愛用した最愛のメガネは行方をくらまし、一方的にお別れすることとなった。

そう、この1年、眼鏡の他に自分の身のまわりからいなくなったものがたくさんあった。何かに没頭しているとモノをなくす。かたちあるものはいつか,,,と言えば極端であり、言葉の誤用であるわけが、メガネの喪失をきっかけとなって、断捨離に拍車がかかった。

一方で、削ぎ落とした隙間を埋めるように新しく生まれたものが、周囲にはたくさんあった。姪っ子、嫁の会社、プロジェクトなど。喪失と創造の凸凹については、プライベートな内容も含み、公に多くを語ると再現がないためここでは割愛する。が、木婚式のテーマソングと個人的に思えている曲に違わない展開になっている。

僕が一番欲しかったもの

そして、1年の振り返りらしく32歳という節目の1年(毎年節目だと思っている)大きな流れで見、どのような位置づかを大局的に見つめる。そう、ここからが、本番である。とはいえ、2017年になっているので、ここは短く完結にすませたい。

1年の前半戦は、鶴の恩返し(これまた物語の誤用である)。お世話になっている人達への感謝を形にする時間だったような。中盤から後半戦にかけては、ネジの巻き直し。人生は短距離走ではなく、マラソンだと認識を新たにし、苦手な長距離を走り抜ける準備と覚悟の期間だった。とくに、目指すべき山(仮説)を見定めることに思いのほか時間がかかり、立ち止まってじっくりと腰を据えて試行錯誤した。といえる、どちらにしろ良いように解釈しよう。

人生はマラソンだと認識を新たにした、きっかけは年明けすぐに読んだ2冊の本からのインスピレーションである。『ぼくらの仮説が世界をつくる』と『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと―<効果的な利他主義>のすすめ』である。直接、人生はマラソンだ、と書いてあるわけでもないし、著者がそう主張しているわけでもない、自分が勝手に受け取ったメッセージなだけである。


2014年の終わりから、ダラダラと目的を持たずに、張り合いのない日々を過ごしていた。新しいものに飛びつき、飽きては次のものに興味を移すデタラメな生き方に、「仮説」という一貫性と再現性を感じずにはいられない単語は拒みきれない蜜の味がするような気がした。

そして、嗚呼、30代前半にして、再度、青臭く自分に問いなおす機会にしようと身を起こした。自分の仕事や人生に対して、仮説を持てているだろうか、そしてその仮設は世界のために何ができるのだろうか、そんな基本的なことを真面目に向き合った。誰にも話さず、一人で照れながら、もじもじ・もやもや・こそこそ、とはいえ喜びを噛み締めながらやっていた。しかし、そんな簡単に見つかるわけがないこともわかった。そして、残酷にすぎていく時間に押しつぶされそうになりながら、奇をてらわずに、自分や環境との問答を繰り返し、仮説の輪郭が見えないままに、1年は過ぎ去った。

必死にもがいて、そして仮説を立てる中で、教科書としたのはこの3冊である。



『独創はひらめかない』のこの図ほど、自分の頭をクリアにしてくれたものはなかった。
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今まで「できるに越したことはないが、多分できない研究」や「無意味な研究」の領域にばかり興味をもっていた天邪鬼な自分を戒めてくれた。

GRITについては、前評判通り、イケイケドンドンな本の内容には後ずさりするところもなくはなかったが、科学的なエビデンスを交えた説得力のある内容で、全体として元気になれる本。自分として受け取った主張はシンプルである。それは、「時間は限られている、面白がれることに絞ってやるべきことをやり抜け」。このメッセージを真に受けて、自分の断捨離用に、GRITを参照にしたワークシートまで作成して、この年末に利用している。

2016年、振り返れば何もやっていないわけではないけれど、なにもやっていないのと同然なぐらい、決断することなく、仮説も形成されることなく、進捗もそれほどないままに、穏やかに日々が流れて年が明けた。穏やかに日々が過ごせただけでも一昨年までは大満足できていたはずなのに、2016年はそれでは消化不良、満足出来ずで、なんと自分の欲深いことか。

まとめると、2016年は眠っていた頭と身を起こして、基本に忠実に、生きる喜びを噛み締めながら、奇をてらわず、黙々とコツコツと派手さのない1年を過ごせた。そして、なんとナイーブでピュアなハートの持ち主かと、自分で自分にツッコミを何度も入れた1年。

んで、2017年は、2日経過しましたが、これから考えます。では!

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。