同じ職場で働き続けるために住む場所を変えるか、住む場所を変えないために働き方を変えるか

会社はライフステージの変化によって、多様な働き方を提示してくれるわけではない。仕事の種類や生産性を考えたときに、多様な働き方を提示しないほうがメリットが大きい会社がほとんどである。多様な働き方という贅沢は、ポータビリティが高く、仕事における付加価値が高く、希少性がある職種に限られるのか、この記事を書き始めるまでに、頭にあった考えはここまでだ。

そこに、子育てという要素を加えると、問題は違ってみえる。働き方と子育てという次元の異なる課題が交わり合う領域では、保育園入れない問題と女性活躍推進が居心地悪く、共存している。そして。それは少子化と生産性という大きすぎる問題へとつながっていく。

子どもを生むと子育て以外の厄介事である保育園探しがあると、都心に住む共働きの若い世代の頭にはニュースや日々の会話で刷り込まれているだろう。子どもが生まれて幸せなのに、子どもが生まれて自分の住んでいるところで働きながら育てたいのに、できない。女性活躍推進だと、子どもを持つ母が働きやすい環境を創ろうとしているのは、人気集めだけの口だけの政策のように聞こえるし、そもそも誰も女性活躍なんて実は期待していないんだと思ってしまう。イクメン推進などは、一時的な助けにはなれど、焼け石に水とも言える。とにかく、妊娠中から入れるかどうかわからない保育園のことに悩まなければいけない状況は、少子化対策にとっても不健全であるように感じる。データはないのであるが。

働くため、保育園に入れるために住む場所を変えるというのは、仕事を続けるための一個人の努力や工夫になる。今のところ、住む場所は働き続けることと比較すると、優先順位が低くなっている。働くために住み慣れた地域を離れ、保育園の空きのある地域に引っ越しを余儀なくされるのは、あまりにも不毛である。根無し草の地方出身者は、そのぶん身軽である。有利な条件を求めてすすんで引越しをする。したいかどうかは別にして、働くために切実な問題なのだ。

自治体にとっては、子育てに優しいうのは街を目指す意気込みだが、どんなに優しい町を目指して、保育園を増やしても、保育園を求めて移住者が急激に殺到してしまえば、そのイメージは一瞬で覆る。それに子供の出生数や転居数は(たぶん)コントロールできない。個人は自分たちの子供が保育園に入れるかどうかで、生活が大きく変わる。だから、保育園入園問題に対しては急に利己的になり、ホモエコノミクスとして、インセンティブに反応する。だからこそ、個人は群れをなすように噂を聞きつけては、移動を行う。

働き手が移動することで、保育園入園市場が調整されているとするならば、いつでもどこでも引越しする前提ならば、ある程度は保育園問題が緩和されるのだろう。しかし、住む場所を変えるつもりがない人は、急に人が殺到して、入れたかもしれないけど保育園に入れなくなる状況が生じる。ずっと同じ土地で地に足をつけて暮らす、暮らそうとする人たちにはその行動によりやりきれない思いをする可能性が常にある。今の日本では、住む場所の自由がある。そして、ずっと住んでいる人たちへの優遇措置はない、携帯キャリアのような制度があったらいいのにと思う。居住期間を法律で強制することできない。

話はそれるが、昔、大学入試でも似たような問題があった。子供の数は予測できていたが、大学進学率の急激な高まりに、大学側の定員に対して、入学希望者数が大幅に上回った。予備校が何もせずとも大儲けできた時代だ。当時の大学を、今の東京23区に住むことに置き換えればわかりやすい。大学じゃなくてもいいのに、大学に行くのと、23区じゃなくても生きていけるのに、23区に居続けたいのと。都市の魅力には抗えない。みんな住みたいから、競争になる。

では、働き方を変えれば解決するのか、といえば、そんなに優しくはない。むしろ、保育園の入園条件は企業勤めの共働き優位である。ただでさえ不安定かつ不規則なフリーランス、子育てとの両立ができるような職種であればよいが、そうでなければ時間的な余裕が少なくなる。働き方改革と叫ばれているが、それは残業を減らすというだけで、あくまでも会社で働いていることが前提となっている。こういうとき、法制度におけるデフォルトとして設定されている家族像や労働者像の古さに嫌気がさす。デフォルトに多様性をもたせることができれば、もっと変わるんじゃないかと期待する一方で、そんなことで一貫したルールが設計できるのか、と国家の代わりに自問自答し、答えの出ない迷宮に迷い込んでしまう。

とはいえ、子どもの数はマクロに見ると減少していく。すでに現在の0歳児は100万人を切っており、現時点での18歳人口の8割程度である。保育園入れない問題というのは、実はすごくニッチな問題だけれど、政府の政策を批判するには、ちょうどいい話題なだけかもしれない。少子化対策は急務であるとされているなかでの、政府の空回っている感が、その事実だけで国民の印象に残る。火事場の馬鹿力で、保育園だって入園希望者数にあわせて増加させても、長期的には子どもの数は減り、需要は衰退する。首都圏はしばらくそんなことはないだろうが。前例であげた大学の状況と相似していて、次は長期的展望がないまま、保育園を増加させたと批判される対象になるかもしれない。

話がどんどんと逸れていき、回収もできる見込みもない。保育園のために引越しする引越ししない、子育てのために働き方を変える変えない、というのは遠い問題のようで、いつかは自分に襲ってくる問題である、都心に住み続けていれば、空きを求めて移住する人たちがいる以上、いつ自分のエリアにやってくるかわからない。それはルーレットのようなものである。

しかし、引越しをすること、しないこと共にリスクがある。働き方、働く場所、職能を変えることも同様である。子どもが生まれるという喜ばしいことの裏側で、働くことと住むことの選択を同時に迫られる。本当に厄介なことである。

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。