松岡正剛×エバレット・ブラウン

昨日、東京駅 丸善本店の3F日経ホールにて、開催された「日本力」出版記念イベント及びサイン会に参加してきた。

松岡正剛さんの話を聞きたくて、参加。「日本力」「連塾」「世界と日本の間違い」など、多数の本をここ最近でまとめ読みした。
http://booklog.jp/users/yamapan/All?display=front&category_id=0&status=0&rank=0&author=%E6%9D%BE%E5%B2%A1

最近、完全に松岡さんの本に魅力を感じて、読み漁っている、特にこの「日本力」には本当に自分が実体験を持って感じていることが書かれており、自分の想いを言語化することを手伝ってくれた(ありがとうございます!)

「日本」というものを初めて意識したのは、中学生のときにロシアに訪問した時である。当時は、使節団のようなものに参加したので、事前の準備で、日本の文化を伝えるために色々と苦労した。獅子舞を演じたような気がする。
その当時から、日本ってこれで表現できてんのかなぁ?と懐疑的に思っていた記憶がある。折り紙しかり、着物しかり、そういった日本の表面的な特異性を伝えることに終始していると感じていた。今でも、それは変わらない。

当時(10年程度前)の日本は世界第2位の経済大国という看板を掲げていて、バブル後の不良債権処理など暗いニュースも多かったが、大概の日本人は、日本はバブル崩壊を乗り越えて、バブル前以上に再び日本は回復していくという暗黙の了解のもと、世の中が動いていたように思う。外資系の企業が多数進出もしていたが、アジアの支社は日本に多くあった、つまりアジアの中心は日本にあった。

しかし、そのような暗黙のシナリオはうまくいかずに、今や、家電メーカーなどはサムスンなどの韓国企業に圧倒的に追い越され、さらには韓国勢の背後には、中国やインドの企業が控えているというある意味、絶望的な状況となっている。アジアを統括する欧米の外資系企業の支社も、香港や中国、シンガポールに移っており、アジアにおいても覇権を握れていないお粗末な状態に映ってしまう。さらには、国内の市場が縮小するのは、目の前に迫っている状況である。

グローバル化が現在進行形で進んでいる中、日本全体が「日本」が「何か」を探そうとしているのではないだろうか?自分自身も含めて、日本という国のアイデンティティを探している。
経済界では「ものづくり」「町工場」「中小企業」という単語に活路を見出そうとしているし、そこには日本を支えてきた中小企業のテクノロジーがあると考えられている。しかし、それは日本だけではないのではないか?アメリカでも法人数の99.9%が中小企業である。従業員比率においても、日本は70%台と多いのは確かであるが、各国50%は超えている。そこに日本の独自性を求めてはいけないと感じている。イタリアは日本より中小規模の法人で働く人が多く、日本は技術、イタリアでは、繊維・カバン類が強く、ただ各国がそれぞれの特色があるのみである。

日本は技術に優れている。という点でいつも自分の中ではクエスチョンマークがついてしまう。日本は明治維新前後に西洋から、技術を移転してもらい、それを真似し、学び、和魂洋才の「才」を手に入れていったのである。もともと、日本古来からあるものではなく、明治維新のタイミングで突然入ってきた、むしろ黒船による外圧で、(国を守る意味で)取り入れざるを得なかった事情がある。その後の、ご先祖様の努力には目を見張るものがあり、本当に我々の世代は感謝しなければいけないと思う。しかしながら、昔から、日本に技術が眠っていたわけではなく、突如として生まれてきた。
歴史的背景を考えると、日本が今持つ中小企独自の技術というものは、一時的な可能性もあり、日本と同様の国民性を持つであろう他国にとって代わられるのは時間の問題ではと感じている。技術の移転が日本から韓国へ、中国へ、日々行われている。

じゃあ、日本ってなんなんだ!?という危機感を非常に感じていて、松岡正剛さんの本しかり、日本のことを再度、学びなおさねば、と思ったのである。
表層に見える特異的な日本ではなく、その底辺に流れている日本という国の源流をたどる作業に出ている。

答えはないだろうけれども、グローバルに自国について語るときには、かならず必要になってくるし、ましてや海外でビジネスをやるときに、他国と比較した際に、日本そのもの、国家そのものが今後、差別化要因になってくる。そういった時代に突入しているのではないかと感じているのである。

そいうった意味で、「日本力」という本は納得いく点が多かった。あくまでも定性的な部分であり、定量的なものを重視する人には、お勧めできない。

昨日のトークショーより、印象的だったフレーズをピックアップして、このただ、長いブログを終わろうと思います。
※松岡正剛さんとエバレットブラウンさん、どちらの発言かは区別しておりません。

祭りは時空間を超えて伝わっていく
眼球は地球の振動だ
自分の言語のスピードを遅らせる
現代はすべて「かわいい」で終わる
日本はコンプライアンス、起こっていないリスクの中で生きている、リスクテイクしていない
身体の変化を言葉で表す
twitterは140字で書けばすむ。身体が入る余地がない
思想と内臓の関係
現代の日本に明治を探そうとしている
明治の日本をすばらしいと言ったのは、大半が外国人
海外の目が日本を再発見している

Naoki Yamamoto
1983年12月25日 石川県生まれ。野球漬けの高校生活を経て、北海道大学農学部に入学。「スノーボード、旅、読書」の三種の神器に明け暮れる。卒業後、システム会社に営業職で入社。 2009年株式会社グランマを立ち上げ。1年後に発展途上国の貧困層に必要なデザインやサービスを展示する「世界を変えるデザイン展」を六本木で開催、2万人を動員。2014年12月に退職し、現在無職。仕事の傍ら、ノンフィクション書評サイトHONZに参加中。

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