「積み重ね」を考える(Requiem fo 23)

おいおい、そんなことやってどうなるんだよ。

って思うこと、actionってたくさんあるし、各地で同時多発的に把握できないほど、起こっている。やってみることに意義があったり、やる側の自己満足で、それぞれに対して、どれほどまでにインパクトがあったのか?そのactionを実施することで得られる共同性、横のつながりによる満足感に終始していないか?とも疑ってしまうことはよくある。それの目的性はどこまで研ぎ澄まされているのか?自分と同じようなことをしている人がいるならば、それとの違い、またはアライアンスを意識しているのか?

あまりに短絡的に物事が発生している感がするわけで、勝手に批判的になったりもする、今日このごろ。

やっている側の”熱意”と”つながり”はよく感じられるが、どれも”たくらみ”が欠けていると思われるし、あったとしても、そのたくらみはいつも水面下でしか起こっていない。この水面下でいまだに続いている”たくらみ”を水面に上げること、それを意識しているのか?そうでないと、ホテルで首相が決まるような日本はそのまま維持されるとでも言っておきたい。

”たくらみ”は顕在化しないほうがよいのか?むしろ、その”たくらみ”まで批判覚悟でおおっぴらにしてしまうほうがいいんじゃないかって。

そういうわけで、世の中を批判的に見るとを、自分の活動を振り返るといういつもの内省モードになるわけお決まりモードである。外国に行くと、起こる例の現象。「外をみて、自分を振り返る」

どきっと、自分自身するし、おおっ、これはと思う活動をしている団体を見るとなんだが悔しさとうれしさが同時に襲ってくる、きっと昔は悔しさと嫉妬だったはずが少しは成長したもんだ。比較するという視座は人間として、どうしても持ってしまうもの。その本能的に持ってしまう視座を捨て去るのではなく、どう活かすか、それを学んだ模様。(自分観察&学びその1、内省終了)

ここで、なんとなくタイトルにある「積み上げる」ということであるが、同時多発的に起こるさまざまなアクション(この場合はソーシャルアクションを往々にして指すことになる)がどう「積みあがっているのか」である。

ひとつのアクションが1回、2回と繰り返される本質的な目的性を維持できているか、それを積み重ねることができているか?という観点(やることに意義があるといって二回目以降を繰り返すのか or 貪欲に目的性を明確にしているのか?)と社会全体で見渡したときに、積みあがっているか?どことのリレーションがあって、どこに積み重なっているのか?が明確化が気になる。

結局、目新しいこと、きっと世界初なんてことは研究室で起こることであって(理系的発想です、しかしその世界初も細分化されすぎてよくわからない)。理系以外では、世界初は新しい切り口をもって、実行することに終始するのではと思う。そして、日本初ってことは、それは世界全体でみれば、礎を作っているのではなく、ただのとある切り口の繰り返しのわけである。だからこそ、その繰り返しがどこに積み重なっていて、そのポジショニングが気にする必要がある。

これが前で述べた”たくらみ”だともいえる。自分たちが与えたインパクトとそのポジションを理解することで次の”たくらみ”が生まれる。インパクト不足&ポジションの変化がなければ、反省をして繰りかえすか辞めるかという選択肢を選ぶ。仮説を立てて、インパクトとポジショニングの変化を事前に予測できれば、最高だ。そうすれば、”たくらみ”の作戦が立てられる。

しかし、先のたくらみまであんまり考えすぎると、自分たちのやっていることの影響力のなさに絶望してしまったり、やる価値がないと狼狽してしまうことになるので、ここでの仮説思考や予測は行動力にブレーキをかける。ここはミンツバーグのいう偶発性に任せて、思いっきりやってしまうのがよい。どうせマウスイヤーと呼ばれるくらい時代の変化(本質的には変わっていないと思うが)は激しく、自分の範囲でたくらんでる間に社会は同時多発的に変わっていて、そこまで予測できないから。やってしまうこと。
それだと、「そんなことやってどうなるんだよ」ってアクションと同じじゃないかと、本末転倒のようだが、ほんの少しの差だと思う。ここがほんの少しの差だから、楽しい。ここは今は「社会を見るセンス」その一言。そして、この差が価値であり、社会における積み重ねだとも考えられる。

この差が自分が社会に役立っていると思う瞬間なんだろう。それは、企業の中で働くサラリーマンも同じだと思われる。

そして、この「差」の積み重ねに参加していることこそ、「(自分が思う)よりよき世界を創っていく作業の”源流”にいる」ということではないかと思うわけである。

そうなりたいと願ってやまなかった「23歳の時の僕」に捧げる26歳の僕からの日記なのでした。

こんな小難しいこと考えている時点で、あれだ。自分の土俵じゃないな。まったくロジカルじゃなく、精査もしていない文章を読んでくれてありがとう。

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