自分のモノサシ

尊敬している起業家の一人の話し方が素晴らしいと思ったことがある。

僕はxxxについて、xxxと考えている。強制するわけじゃないし、そう考えない人もいることはわかっている。

自然と板についた、この話し方に幾度となく触れて、これが自分のモノサシを持っているなぁと直感的に思えた。

一般化すると、自分の中で、できるだけ持てる最大の地図(多様な人間像や世界観)を持ち、その中で自分のコンパス(考え・意見)の方向性を明確にする。地図の上に多様な人のコンパスを載せて考えているから、違う方向を向いたコンパスがあることを理解し、それとの違いを認識し、受け入れる。

そんなところだろうか。

イメージのマネージ

『恐怖の法則』を読んでいて、頭をよぎったのは、イメージのマネージ。
個人と社会での違いと共通点、どこをデフォルトにするかで変わる。

ずっと自分の中での謎が解けてきた気がする。
そして、謎が溶け始めると、そもそも問うていたことを忘れてしまいそうになる。

実際に、今、忘れている。

『イシューから始めよ』 12のチェックリスト

ロジカルに考えることは、常日頃からやる必要がある。しかし、コンサルティング会社にでもいない限り、常日頃から考える環境づくりは難しい。思考として、定着させることは難儀だとしたときに、次にできることとしては、ロジカルに考えようとする時間をしっかりと確保することだ。脊髄反射的にできなくとも、時間を確保してじっくりやればいい。そして、そのときに、飛行機のパイロットが使うような、チェックリストがあればいい。そのチェックリストに従って、考えを進めれば、大きく外れることはないだろう。

以下は、『イシューから始めよ』を底本にしたチェックリストである。チェックリストごとに関連する引用も挿入する。

「イシューから始めよ」に学ぶ12のチェックリスト


イシュードリブン


☐「与えられた問題にどう対処するか」から「問題が本当に解くべきイシューかを見極める」にマインドセットを変える
☐答えの出ないことに悩まないこと、考えるとは答えが出るという前提のもとに建設的に考えることだ。重要であっても答えの出ない問題は多数ある

「生産性」 の定義は簡単で、「どれだけのインプット(投下した労力と時間) で、 どれだけのアウトプット(成果)を生み出せたか」 ということだ。

よいイシューの表現は、「~はなぜか?」 という、いわゆる「WHY」ではなく、「WHERE」「WHAT」「HOW」のいずれかのかたちをとることが多い。
●「WHERE」… 「どちらか?」「どこを目指すべきか?」
●「WHAT」…… 「何を行うべきか?」「何を避けるべきか?」
●「HOW」……… 「どう行うべきか?」「どう進めるべきか?」

自分が思いついた問題のなかで、本当に今答えを出す価値があるものは何か
正しい問題に集中した、正しい訓練が成長の鍵となる


仮説ドリブン


☐強引にでも前倒しで具体的な仮説を立てる
☐イシューは「ダブりもモレもなく」かつ「本質的に意味のある固まりで」分解する
☐サブイシューは「何がわかれば意思決定できるか」という視点で洗い出す
☐ストーリーラインは、Whyの並び立てと空・雨・傘のどちらかを選ぶ

答えを出そうとしているのかが明確にならず、それが明確になっていないことにすら気づかない。仮説を立てて、はじめて本当に必要な情報や必要な分析がわかる。

劇的に生産性を高めるには「このイシューとそれに対する仮説が正しいとすると、どんな論理と分析によって検証できるか」 と最終的な姿から前倒しで考える。

答えを出すべきイシューを仮説を含めて明確にすることで、ムダな作業が大きく減る。つまり生産性が上がるのだ。


アウトプットドリブン


☐分析とは比較、つまり比べること・定量分析は、比較・構成・変化。
☐原因と結果から軸を考える。
☐分析における意味合いは3つ。パターンがある、差がある、変化がある

「比較」が言葉に信頼を与え、「比較」が論理を成り立たせ、「比較」がイシューに答えを出す。優れた分析は、タテ軸、ヨコ軸の広がり、すなわち「比較」の軸が明確だ。そして、そのそれぞれの軸がイシューに答えを出すことに直結している。

分析は「原因側」と「結果側」の掛け算で表現される。比較する条件が 原因側で、それを評価する値が結果側となる。軸を考えるというのは、 原因側で何を比べるのか、結果側で何を比べるのか、ということを意味している。


メッセージドリブン


☐意味のある課題を扱っていることを理解してもらい、結論を理解してもらう。そして、行動に移してもらう

☐チャートの構成は、イシューに沿ったメッセージ、タテとヨコの広がりに意味があるサポート、メッセージを支えるサポート
☐1チャート・1メッセージ、タテとヨコの比較軸を磨く、メッセージと分析表現を揃える

ひとつ、聞き手は完全に無知だと思え
ひとつ、聞き手は高度の知性をもつと想定せよ

「どんな説明もこれ以上できないほど簡単にしろ。それでも人はわからないと言うものだ。そして自分が理解できなければ、それをつくった人間のことをバカだと思うもの だ。人は決して自分の頭が悪いなんて思わない」


最後に、この本の一番の哲学であり、考え方のうち、心に響いたものを引用する。

すべての仕事は結果がすべてであり、この結果があるレベルの価値に到達しないと、その仕事はいかなる価値ももたず、多くの場合マイナスになる。

 

「限られた時間で、いかに本当にバリュー(価値)のあるアウトプットを効率的 に生み出すか」というゲームだ。

 

兼業主夫に就任

2016年9月28日から兼業主夫に就任しておりましたこと、事後ではございますが、報告致します。

妻の代表取締役就任に伴うものです。特に誰にも迷惑をかける話では、ありませんでしたので、ご連絡が遅れました、念のためにお詫び申し上げます。尚、日本語破綻した四文字熟語へのツッコミは個別に対応致します。

小学校4年生の頃から、右手にグローブ、左手にフライパンが我が上半身の盤石体制でしたが、ここ10年ほどは左右ともに入れ替わりが激しい不安定な状態でした。特に、利き手は仕事でぐるぐる巻きにされ、キーボードとスマートフォンに相対的なシェアを奪われておりましたが、ようやく定位置を取り戻すことができました。字も書けて、箸も持てる右手に何を持つかは未だ不安定な状態ですので、皆様からのご提案お待ちしております。

兼業主夫業における担当領域は、本棚、テレビ予約、フライパンの三刀流となります。皆様からの出張も受け付けております。先日も、三本のうち一本の刀を磨きに、広島県へ出張して参りました。

すこし真面目な話で、不安定な右手について少しだけ触れさせてください。「今は何やってるの?」ということです。はい、私、河合塾の教育イノベーション本部に属し、日本全国の中学校や高校の現場に足を運んでおります。3月は半分が西日本への出張でした。

やっていることは、学習プログラムの研究と開発、そして実践を一貫してやっております。新聞などに取り上げられておりますので、私の言葉で語るより、信憑性が高いと思いますので、そちらをご覧ください。

AI・ロボットに代表されるように、未来を大きく左右する科学技術、社会課題などを題材にしております。イームズの”POWERS OF TEN(https://www.youtube.com/watch?v=dXat7KJfauw)”の映像のイメージが頭にあります。遺伝子から宇宙まで、制覇したいというのが、個人的な欲望です。しかし、生半可なものでは、中高生にソッポを向かれるので、慎重にやります。なお、今日はアポロ13号の帰還を題材にしたプログラムでした。

他にも、未来を洞察するプログラムを試行錯誤しており、ここらが一番力を入れていきたいところです。だいたい、何の仕事をやっても面白がれることは以前と変わりありません。各種ハンティングをしていますので、面白がれるものがありましたら、お声がけください。

2017年4月1日現在の考えとして、じっくりと腰を据えて、学びや教育の分野に向き合いたいと考えております。その上で、とてもいい環境で仕事をさせていただいております。ありがたいことです。

またこれまでと変わらず、本の書評、ボランティアで書き物をお手伝い、気になるものの探研活動、足を使った近所のパトロール(散歩)は続けております。手が回っていないことは、スノーボードです。スタッドレスタイヤを手に入れたにも関わらず、雪山に足を運べていません、雪の上にいないと、生きている意味がわからなくなります。
ここ最近、出会った皆さまには適度にお知らせしていましたが、ご無沙汰の皆さま、色々とご相談に乗っていただいた皆様、前職のころにお世話になりしばらくお会いできていない方々には、ここでご報告とさせてください。

エイプリルフールとは何ら関係のない投稿ですが、少々くだけた文体は、全部4月1日のせいです。小学生の頃の左手の話だけは記憶が曖昧ですが、それ以外は記憶の範囲内でございます。友人知人の転機やエイプリルフールのおもしろい投稿に刺激され、自分も何か書かなきゃと思いたち、ふつうの現状報告となりました。
これにて2017年度、始まりのご報告を終わります。長文、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

山本尚毅

そこに大きな意味はない、あるのは面白がれるかどうかだけ

映画「長い言い訳」を見た。

そこにあるのは、非日常のあとにある日常であって、意味はない。
たまたまありえる、あったかもしれない、起こってもおかしくない一つの物語があっただけ。

特段、意味があるわけでもなく、誰かの身に訪れるかもしれない、誰かの日常かもしれない、ひとつの生活がそこにあった。その物語に大きな意味はないんだろう。喪失が埋められ、喪失にはまり込み、喪失が明らかになる、喪失に免と向かい合い、喪失と背を向ける。

ふと、そんなことを書いていて、西田幾多郎を思い出した。

回顧すれば、私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向って一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。

引用先:http://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/43655_22317.html

この映画も喪失に向かって一回転をなしたといえば、それでこの映画評は尽きるのである。

ことわざと寓話の連鎖

1.衣食足りて礼節を知る

2.You can take a horse to water but you can’t make him drink.
(馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない)

3.家康と秀吉と信長
鳴かぬなら殺してしまえホトトギス
泣かぬなら鳴かせてみせようホトトギス
鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス

4.トムソーヤのペンキ塗り
トムは度重なるいたずらの罰として、おばさんのいいつけで塀のペンキ塗りをやらされる。トムには嫌でたまらない。なんとかこの煩わしい仕事から逃れる手はないかと考え、名案を思いつく。トムは一転して、さも楽しそうにペンキ塗りを始める。通りかかった友達は、その様子を見て、本当にペンキ塗りが楽しそうに見えた。こうして友達らはすすんで──「宝物」をあげてまでトムにペンキ塗りをやらせてくれと頼む。次々とくる友達たちにペンキ塗りをやらせ、宝物までもらい、しかも楽しく怠けながら、塀をすべて塗り終える。そんなこととは知らないおばさんは、約束通り塀を塗り終えたトムを褒めた。
(『トムソーヤの冒険』)

5.3人の石切り工の昔話
三人の石切り工の昔話がある。彼らは何をしているのかと聞かれたとき、
第一の男は、「これで暮らしを立てているのさ」と答えた。
第二の男は、つちで打つ手を休めず、「国中でいちばん上手な石切りの仕事をしているのさ」と答えた。
第三の男は、その目を輝かせ夢見心地で空を見あげながら「大寺院をつくっているのさ」と答えた。
(『マネジメント 下』p87)

6.明日、世界が滅ぶとも、今日リンゴの木を植える

7.魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える

8.Not to be bound by rules, but to be creating one’s own rules.

9.人間万事塞翁が馬

まとめ
環境→誘導→選択→面白がり→目的→継続→仕組→自律→自信

この本をつなげて書きたいことがある






2016年の振り返り

2016年、年明けすぐは、未だに10月末日になくなった祖母のことが頭から離れなかった。だから、とにかく書くこと、創ることで喪失感を解消しようと試みた。

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そして、半年を経て完成したのがGrandmaZineである。中身は祖母の20年書き続けていた日記と70年以上前から現在に至る写真をつかった。著名な人たちの数文の引用したが、殆どは素材をそのままスキャンしただけの簡単なものだ。

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結果として自分がごちゃごちゃと書き残したものはメモとして放置してある。頭を悩ませ凝ったのは、写真と日記の組み合わせ。わかる人にしか、もしかしたら親戚一同の中で、自分にしかわからない組み合わせである。その作業を通じて、祖母の日記に目を通すと、祖母との一日一日の思い出が記憶の奥から溢れるように引き出されてきた。記憶のあることないこと、祖母の目から見えたあの日の自分、まったく喜怒哀楽を見せなかった祖母の静かな怒りや悲しみ、そして喜びや楽しみ。幼年期から家を離れた18歳まで、誰よりも長い時間を過ごした祖母との思い出にひたる日々が続いた。

そんな哀愁漂う日々の裏側では、結婚パーティの準備を進めていた。5年目の木婚式。5年の間に色んなことがあって、特にこの1年は波乱万丈だったので、この日を向かえられたことは心から幸せだった。創る気持ちはうろたえずに、木婚式用にサイトも特設した。当日流す映像も、楽しみながら製作した。

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しかし、パーティの前後は健康だけが自慢の身体が、ストレスとプレッシャーにより突如体調を崩した。当日までには回復したのが幸いである。パーティ当日は日本全国世界各地から仲間が集ってお祝いしてくださり、本当にありがたかった、どうもありがとうございます。しかし、非常に盛況しているパーティの最中に、長年愛用した最愛のメガネは行方をくらまし、一方的にお別れすることとなった。

そう、この1年、眼鏡の他に自分の身のまわりからいなくなったものがたくさんあった。何かに没頭しているとモノをなくす。かたちあるものはいつか,,,と言えば極端であり、言葉の誤用であるわけが、メガネの喪失をきっかけとなって、断捨離に拍車がかかった。

一方で、削ぎ落とした隙間を埋めるように新しく生まれたものが、周囲にはたくさんあった。姪っ子、嫁の会社、プロジェクトなど。喪失と創造の凸凹については、プライベートな内容も含み、公に多くを語ると再現がないためここでは割愛する。が、木婚式のテーマソングと個人的に思えている曲に違わない展開になっている。

僕が一番欲しかったもの

そして、1年の振り返りらしく32歳という節目の1年(毎年節目だと思っている)大きな流れで見、どのような位置づかを大局的に見つめる。そう、ここからが、本番である。とはいえ、2017年になっているので、ここは短く完結にすませたい。

1年の前半戦は、鶴の恩返し(これまた物語の誤用である)。お世話になっている人達への感謝を形にする時間だったような。中盤から後半戦にかけては、ネジの巻き直し。人生は短距離走ではなく、マラソンだと認識を新たにし、苦手な長距離を走り抜ける準備と覚悟の期間だった。とくに、目指すべき山(仮説)を見定めることに思いのほか時間がかかり、立ち止まってじっくりと腰を据えて試行錯誤した。といえる、どちらにしろ良いように解釈しよう。

人生はマラソンだと認識を新たにした、きっかけは年明けすぐに読んだ2冊の本からのインスピレーションである。『ぼくらの仮説が世界をつくる』と『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと―<効果的な利他主義>のすすめ』である。直接、人生はマラソンだ、と書いてあるわけでもないし、著者がそう主張しているわけでもない、自分が勝手に受け取ったメッセージなだけである。


2014年の終わりから、ダラダラと目的を持たずに、張り合いのない日々を過ごしていた。新しいものに飛びつき、飽きては次のものに興味を移すデタラメな生き方に、「仮説」という一貫性と再現性を感じずにはいられない単語は拒みきれない蜜の味がするような気がした。

そして、嗚呼、30代前半にして、再度、青臭く自分に問いなおす機会にしようと身を起こした。自分の仕事や人生に対して、仮説を持てているだろうか、そしてその仮設は世界のために何ができるのだろうか、そんな基本的なことを真面目に向き合った。誰にも話さず、一人で照れながら、もじもじ・もやもや・こそこそ、とはいえ喜びを噛み締めながらやっていた。しかし、そんな簡単に見つかるわけがないこともわかった。そして、残酷にすぎていく時間に押しつぶされそうになりながら、奇をてらわずに、自分や環境との問答を繰り返し、仮説の輪郭が見えないままに、1年は過ぎ去った。

必死にもがいて、そして仮説を立てる中で、教科書としたのはこの3冊である。



『独創はひらめかない』のこの図ほど、自分の頭をクリアにしてくれたものはなかった。
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今まで「できるに越したことはないが、多分できない研究」や「無意味な研究」の領域にばかり興味をもっていた天邪鬼な自分を戒めてくれた。

GRITについては、前評判通り、イケイケドンドンな本の内容には後ずさりするところもなくはなかったが、科学的なエビデンスを交えた説得力のある内容で、全体として元気になれる本。自分として受け取った主張はシンプルである。それは、「時間は限られている、面白がれることに絞ってやるべきことをやり抜け」。このメッセージを真に受けて、自分の断捨離用に、GRITを参照にしたワークシートまで作成して、この年末に利用している。

2016年、振り返れば何もやっていないわけではないけれど、なにもやっていないのと同然なぐらい、決断することなく、仮説も形成されることなく、進捗もそれほどないままに、穏やかに日々が流れて年が明けた。穏やかに日々が過ごせただけでも一昨年までは大満足できていたはずなのに、2016年はそれでは消化不良、満足出来ずで、なんと自分の欲深いことか。

まとめると、2016年は眠っていた頭と身を起こして、基本に忠実に、生きる喜びを噛み締めながら、奇をてらわず、黙々とコツコツと派手さのない1年を過ごせた。そして、なんとナイーブでピュアなハートの持ち主かと、自分で自分にツッコミを何度も入れた1年。

んで、2017年は、2日経過しましたが、これから考えます。では!

2016年に何度も読み返した 10の記事

本当はそれぞれにコメントをしたいのだけれども、割愛。

順にちょっとナイーブで優男な学びの話から、ロジカルで現実的な話へ、そして働くことや仕事の成果へと流れていく順に並べました。

生き延びるための教育

子ども発明家たちがつくった「未来のあったらいいな」

音楽にぼくらは勇気を学ぶ

レヴィ・ストロース『野生の思考』

国立大学の憂鬱ー批判のレトリックをめぐる攻防

研究法について

空・雨・傘

10年後の我が子が働く姿、あなたは想像できますか?

ちゃんと遅刻せずに出社してるし、指図された仕事は片づけているのに評価してくれないのですか?」

イノベーションは、1日にして成らず